ピンクのヒラヒラ
「いーやーだ!なんといわれてもこれだけは譲れないよ!」
「譲るとか譲らないとかそういう問題じゃないだろ!?」
「そういう問題だってば!」

放課後の生徒会室。大きなイベントも終わり、それぞれが思うままに穏やかな時間を過ごしているその横で、ルルーシュとスザクは堂堂巡りの押し問答を繰り広げていた。

「ねーえ、リヴァル。あの二人はさっきから何をぎゃーぎゃー騒いでるの?」

見兼ねたミレイが呆れたようにため息を吐きながら、隣で必死に数学の宿題と格闘しているリヴァルに訊ねた。訊ねられたリヴァルは、教科書から顔をあげ、うーんと一つ唸った後、そういえばと呟いて不思議そうに首を傾げた。

「あー、確かエプロンがどうのこうのって言ってた気が…」
「「エプロン?」」

唐突に飛び出した意外な単語に、ミレイとシャーリーは揃って首を傾げる。


事の起こりは数時間前に遡る。授業の合間の休み時間に、ルルーシュのクラスを数人の女子が訪ねてきた。彼女達は料理部に所属しているらしく、部のことでルルーシュに相談があるというのだ。
てっきり部費のアップを頼まれるのかと思い、そういうことは会長に直接言ってくれと断ろうとしたら、そうではないと首を振られた。それでは、いったいどんな相談があるのかと訪ねると、実は…と本題を切り出された。彼女達が言うには、料理部の顧問を勤める教師が今日から産休に入ったのだそうだ。
そこで、その教師の代わりにルルーシュに特別講師を頼みたい、ということらしい。期間は臨時の顧問が決まるまでの間だけ。一通り事情を聞いたあとで、ルルーシュはきっぱりと断った。
「悪いが無理だ。他をあたってくれ」
生徒会に黒の騎士団にと、多忙を極めるルルーシュに、そんな余裕はかけらもなかった。しかし、料理部員もなかなか諦めようとしない。そこをなんとか!とさらに頭を下げる。
「ルルーシュ君、料理上手だっていうし初心者の私たちだけじゃ心細くって…」と切実に訴えかけられたあげく、最後には「週に一回いや一ヵ月に一回だけでもいいから!」と勢いで押し切られ、仕方なく頷いてしまったのだ。
そんなこんなで、さっそく今日料理部へ顔を出すことになったわけだが、エプロンに予備がないと聞き、それならばと自前のエプロンを手に生徒会室を出ようとしたところで、スザクに声をかけられた。

何も隠すことはないので、ことの顛末を簡単に説明すると、最初は「そうなんだ、頑張ってね」とか「ルルーシュが作ったやつ後で食べさせて」なんて笑いながら聞いていたのに、エプロンが足りないから自分のをもっていく、と言った瞬間急に顔色を変えて引き止めだした。
ルルーシュの行く手を阻むように扉の前に立ちふさがると、絶対それはダメだと言って聞かない。正直、ルルーシュにはさっぱりだ。

「おまえ、意味がわからないぞ!さっきまで頑張れと言っていたくせに、急にダメだとか譲れないとか!」
「だって君がこのエプロンを持っていくっていうから!」
「はぁ?なんで俺が俺のエプロンを持っていくのが問題なんだ?別にかまわないだろう。」
「ダメだ!!ぜっったいダメ!このエプロンを僕以外の人の前で着るなんて!」
「な…なにいってるんだ、お前は!それは俺がナナリーから貰ったエプロンだぞ!?俺がどこで着ようがお前には関係ないだろ!」

「関係おおありだね!こんなヒラヒラしてピンクのウサギさんが付いた可愛いエプロンしたルルーシュなんて、人に見せられるわけないだろ!変な気を起こすやつがいたらどうするんだ!」

スザクのストレートすぎる言葉に、ルルーシュの頬はあっという間に朱に染まる。

「なっ……俺のエプロン姿見て変な気を起こすやつなんてお前くらいだ馬鹿!」
「いーやそんなことないね!少なくとも学園内にいる男の八割は僕と同じ気持ちになる!危険すぎる!」

同性に変な気を起こされるなんて、ぶっちゃけ情けない以外のなにものでもない。
「可愛いだの」「色っぽい」だのとちっとも嬉しくない賛辞を次から次へと送られてルルーシュは恥ずかしさで破裂寸前だった。
涙目になりながらいい加減黙ってくれと、必死で反論の言葉を捜す。

「〜〜〜!危険なのはお前の頭だ!この変態!」
「ああ、そうさ!君のあんな姿見たら男はみんな変態になるよ!」

渾身の反撃さえ、思い切り開き直ってあっさりと受け流される。
「痴話喧嘩はよそでやってよね〜」というミレイの暢気な声に、自分たちのこのやり取りを面白そうに眺められていたことに今更気付く。頭が痛くなるのを感じながら、このままではいけないと逃げの道を選ぶ。

「話にならん!いい加減そこを退け!もう部活が始まる時間だ!俺は行くぞ!?」
「ダメだって言ってるだろ〜!!」

力ずくで無理矢理扉を開けようとするルルーシュを、スザクは軽々と片手で阻んでしまう。

(くそ…この体力馬鹿めっ!)

どうやってスザクのガードを突破しようかと頭をフル回転させて考えるが、なかなかよい案が浮かばない。
そんなルルーシュの必死な姿を少し可哀そうに思ったスザクが、仕方ないなとため息を吐いて訊ねる。

「ルルーシュ…どうしてもいくつもり?」

(仕方ないってなんだ!?その「やれやれ」みたいなため息も!意味がわからん!)

内心で毒づきながらも、ようやく諦めてくれそうなスザクの機嫌を損ねるわけにはいかないので、おとなしく聞かれたことにだけ答える。

「当たり前だ、約束してしまったんだからな。」
「わかったよ。ただし一つ条件がある。」

条件。
はっきり言って嫌な予感しか沸いてこない。しかし、ここで逆らっても状況は悪くなるだけなので、恐る恐るその条件について聞いてみる。

「…なんだ?」
「僕もついていく!」

さも名案だとばかりに笑顔で提示された『条件』の内容に呆れて、思わず間抜けな声が出る。

「はぁ?お前何いって…」
「あんな格好したルルーシュを一人になんてできない!だから、僕もついていく!」

大丈夫!僕がしっかりガードするから!なんて晴れやかな笑顔で言ってのけるスザクに、思わず眩暈がする。
(なんだその「ナイスアイディア!」みたいな顔は!!!)
しかし、そんなルルーシュの様子にまったく気付かないまま、スザクは「そうと決まれば早く行こう!」とルルーシュの手を引いて意気揚揚と料理部へと歩きだす。
ルルーシュの手料理楽しみだなーなどといいながらスキップでもしそうな勢いのスザクに、腕を引っ張られながら思わず笑みがこぼれた。
なんとも強引なスザクの行動に振り回されている感は否めないが、やたら楽しそうな相手の様子を見て「こういうのも悪くないか」なんて思ってしまうあたり、だいぶ自分はスザクに甘いみたいだ。

「まったく、邪魔しないで静かにしてろよ?」
「ありがとう、ルルーシュ!大丈夫!君のエプロン姿は僕が必ず守るからね!」
「まだいうか!」

ルルーシュのひざかっくんがスザクに決まった。