さよならは突然に



※スザクに対し、厳しい表現があるかもしれません。苦手な方はご注意下さい。





























エリア11で黒の騎士団による大規模なテロが起こったと、ブリタニアで皇族の護衛任務に就いていたスザクの耳に一報が入った。
今のところゼロが現われたという情報はなかったが、なんとなく感じた嫌な予感に突き動かされて、気付けば日本のアッシュフォード学園へと向かっていた。ルルーシュを監視している機密情報局に確認をしてみたが、対象に不審な動きは見られなかったとのことだった。しかし、それでもどうしても自分で確かめなければ気が済まなかった。彼の記憶が戻っていないと、自分の目で判断したいと思ったのだ。


(ルルーシュ…!)


もし彼が嘘を吐いていたとしても、自分なら見抜くことが出来ると確信している。彼を捕えられるのも自分だけなのだと、そう信じていた。

生徒会室を訪ねると、ルルーシュは一足先にクラブハウスへ戻ったと告げられた。ミレイ達への挨拶もそこそこに、スザクは跡を追うべく駆け出す。文字通り校舎を飛び出しクラブハウスへ向かう角を曲がったところで、前方に見知った背中を見つけた。

最後に顔を見たのは、あの皇帝との謁見の間でのこと。
それ以来、一度も彼に会うことはなかった。


最も会いたくて、最も会いたくなかった人。
様々な想いが逆巻く中、スザクは気持ちを吐露するように、叫んだ。


「ルルーシュ!!!!」


ぴたりと足を止めゆっくりと振り向く背中。
知らず目が険しくなる。

さあ、君の本当を聞かせてくれ。


しかし、あらゆる覚悟を決めて、真摯に彼に向き合うスザクの心とは裏腹に、発せられたのは信じがたい一言だった。





「…誰だ?」






怪訝な顔をして、いぶかしむ様にこちらを見やる。
その顔を、その声を、誰よりもよく知っているはずなのに、君の言っていることがわからない。
わからないよ、ルルーシュ。



「な…なに言ってるんだよ。久しぶりすぎて忘れちゃったの?ルルーシュ」


はじめは彼がとぼけているのかと思った。
自分はルルーシュが最も憎んでいた相手、皇帝に彼を売り渡したのだから。
わざと知らぬふりをしているのかと。


「…馴れ馴れしいやつだな。お前なんか知らないといっているだろう。新手のキャッチか?」


不快感をあらわにして眉間にしわを寄せると、追い払うかのように手を振る。
あまりに露骨なそのしぐさに演技や嘘を感じられなくて、急速に血の気が引いていく。
なんだこれは。どういうことだ。
混乱と同時に言いようのない怒りがこみ上げてきて、気付けば彼の襟につかみかかっていた。



「ふ…ふざけるな!!とぼけているつもりなのか!?今更そんな見え透いた嘘を…!!!」

「なにをいっているんだ、お前!!!くっ……!!それ以上すると、人を呼ぶぞ!」


急に飛び掛ってきたスザクに心底おびえるように、ルルーシュは大きく開かれた瞳を揺らしながらスザクの手を振りほどこうと躍起になる。その様子に、指先がどんどん冷えていく。心臓の音がうるさいほど早くなる。


ふざけるな!

なんだこれは!!

なんだこれは!!!!!!


「兄さんに何するんですか!!」


突如響いた第三者の声に、気がつけばいつの間にかルルーシュから離れた位置で思い切りしりもちをついていた。
突然の出来事の頭がついていかない。
3メートルほど離れたところで蹲るルルーシュを見やると、ルルーシュより背格好の低い少年が一人、「兄さん大丈夫!?」と声を上げながら、倒れたルルーシュをいたわるように抱きしめていた。



そうだあいつは。
(機密情報局の…)
ならば今使われたのはギアスの力か。


「兄さん、ここはもう大丈夫だから兄さんは家の中に入っていて」

「しかしロロ……」

「大丈夫、心配しないで。少し話をするだけだから」


そう言葉を交わすと、一人残ろうとするロロを心配するルルーシュを無理やり家へと押し込んだ。
しっかりとドアが閉まったことを確認してから、おとなしそうな顔をして「兄さん」を気にかけていた「弟」は、冷徹な暗殺者の顔をしてゆっくりとスザクをみた。
服についたほこりを払ってのそのそと立ち上がったスザクを確認すると、まっすぐに歩みを進め、声を潜めるために距離を縮める。


「邪魔をしないで頂きたいですね。クルルギ卿」

「邪魔…だと?」


咎めるように告げられたその言葉をとっさに理解できず、そのまま聞き返す。


「ええそうです。ルルーシュの記憶を混乱させないで頂きたいといっているのです。」

「…どういうことだ」

「なにがです?」

まるで何もわかっていないスザクを嘲るかのように、質問に質問で返される。
言わなければならない。言わなければ、こいつはなにも話してはくれないだろう。
震える言葉を、恐る恐る口にする。


「どうしてルルーシュは俺を覚えていない…?」


言葉にしてみて、改めてその意味に愕然とする。
そうだ。先ほどのルルーシュのあの様子。
とぼけていたり、からかっていたわけでは、ない。
本当に知らない者の、明らかな混乱を宿した目。

それはつまり…。


「言ったはずですよ。あなたはゼロ…つまりルルーシュを皇帝に差し出す代わりにラウンズの地位を手に入れたいと。皇帝陛下は言われたとおり、あなたから差し出されたものを一つ残らず受け取っただけ。あなたが持っていたルルーシュの全てを消し去っただけです。良かったじゃないですか。あなたが知っているルルーシュはもうこの世には居ません。あなたの望みどおり、ね。」


「誰だ?」と、そうルルーシュから発せられた言葉を聴いた瞬間から、まさかと思っていた予感。
それを、はっきりと真実として、濁すことなく伝えられた。
起きてしまったあまりの恐ろしい出来事と、自分でしでかしてしまったことの重大さに気付かされる。
すべてはお前が望んだ現実であると、そう叩きつけられた信じがたい事実。
恐ろしい現実を必死で否定するように、目を見開いたまま何度も何度も頭を振る。


「違う…違うんだ…俺は!そんなこと望んじゃいない!ただ…ただ全てがあの日のように、元通りになればって!ゼロが現われる前の、やさしく、平和な世界になればいいって…!」


「優しく平和な世界…?あはは!そんなものいつ存在したんですか?正体がばれる事に怯えながら、息を潜めて死んだように生きるしかなかった日々のどこが優しい世界なんですか!?」



改めて突き付けられた現実に愕然とする。自分が幸せだと思っていた日々が、彼にとってはそうでなかったと、ロロは言っているのだ。生徒会のみんなに囲まれた楽しかったあの時間ですら、彼はなにかに怯えながら過ごしていたのだと。
ロロの気迫に押されて思わず一歩後ずさりする。
何も聞きたくないというように、両手で頭を抱えこみ必死で叫んだ。



「わかってるさ!だから俺は彼らが安心して暮らせるように守ってみせると約束してっ…!」

「ルルーシュが嫌い恐れるブリタニアの軍隊に入って、ルルーシュが恨む母親殺しの犯人がいるかもしれないブリタニア皇族の騎士になった、と。」

「……!」


畳み掛けるように、スザクの言葉を片っ端から否定する。
ロロには、こちらを見ようともせず地面に蹲って叫ぶスザクが、自己弁護に忙しい汚い大人のようにしか見えなかった。
自分の身可愛さに必死で自身の行動を正当化するつもりなのか、と。
その様があまりに滑稽に見えて、知らず嘲笑がこぼれる。

ああ、なんて汚らわしい。
こんな人間が兄さんの一番大切な人間だったなんて。



「わかってるんでしょう?あなたの「守る」という言葉が信じられなかったからこそ、ルルーシュは自分で自分を守る力を手に入れるしかなかった。事実、あの力がなかったら彼はあなたと再会したあの時、すでに死んでいたのですから。」

「…ちがう、俺は…俺は…」

卑しいものでも見るかのように、蹲るスザクを見下ろすと、もうお前に付き合うのは飽きたとばかりにため息をつく。


「さ、もういいでしょう。どの道奪われた記憶は戻ってこないし、作り物とはいえルルーシュは平穏な日々を手に入れた。
 あなたが守る必要なんてなくなったわけです。」

ああ、最初から守ってなんかなかったんでしたっけ?と言って、嘲るように大げさに笑った。

「それでは、ナイトオブセブン様、今日もラウンズのお仕事頑張ってください。二度とお会いすることはないでしょう。さようなら。」


そう言い放つと、ロロはクラブハウスへ入り、やっくりと扉をしめた。ガチャリという鍵を掛ける音が、やけに重苦しく辺りに響いた。
まるで自分とルルーシュの関わりを全て断ち切るかように。
いや、「ように」ではない。実際、もうスザクとルルーシュの間になんの関わりもなくなくなってしまったのだから。



「あはは、あっははっはっ…!」


気付けば地面にひざをついたまま、憎らしいほど真っ青な空を見上げながら声を上げていた。 狂ったように笑いながら、見開いた両の目からは、壊れてしまったみたいに涙がとめどなく溢れた。自分は何のために、誰のために、ブリタニア軍へ入ったんだ?ブリタニアから日本を取り返して、そして、誰を喜ばせたかったんだ?

全ては君に繋がっていたはずだったに。それなのに。今、僕と君を繋ぐ糸は一つもない。

ただ君と笑っていたかっただけなのに。
どこで道を間違えてしまったのだろう。