迷子の手紙

「あっ、ルルってばまたラブレター貰ってる!!」

突如響いた声に、思わずびくりと手が震えた。
慌ててカバンの中へしまいこもうとしたが、もう遅い。

シャーリーとともに生徒会室へ入ってきたミレイは、その一声に面白いおもちゃを見つけたように目を輝かせて反応した。
ともに部屋に入ったリヴァルを押しのけ、「なんですってー!?」と高速でルルーシュへ近づいたと思ったら、必死で手紙を隠そうとする努力むなしく、あっという間に奪い去った。

面白そうに手紙に目を通し、所々読み上げようとするミレイとは対照的に、心配そうな顔でチラチラと内容を覗き込もうとするシャーリー。
そんな二人の様子にがっくりと肩を落とすルルーシュに、リヴァルはこっそり「ご愁傷様」と声をかけた。


(誰もいないと思って油断したな…)


ミレイに見つかってしまえば、こうなることはわかりきっていたことだ。
心の中でチッと舌打ちをしたルルーシュは、手紙を読み進めながらさらにエキサイトしているミレイに向かって「会長、いい加減慰してくださいよ」と一応諌める意味で声をかけたが、どうやらそれが余計火に油を注いでしまったらしい。
こちらの忠告はまるで無視するかのように、今度は怒涛の質問責めが始まった。


「ちょーっとルルーシュ!これラクロス部のマドンナからの手紙じゃない!さすがね〜!副会長は!
 で?どうすんのよ?OKすんの?どうせだし一回くらいデートしてみたら?
 あ、なんなら私がお勧めのデートスポット教えてあげてもいいわよ〜?」


質問しながらぐいぐいと顔を近づけてくるミレイを、両手でけん制しながら面倒くさそうに視線をずらすとなにやら顔を青くしたシャーリーと目が合ったが、すぐに視線をはずされた。

(なんだ…?)

疑問に思いながら声をかけようとすれば、はぐらかすようにシャーリーが大きな声で叫んだ。


「そ…そういえば!!ルルって手紙とか書いてるイメージないよね!?」

急な話題転換に一瞬生徒会室が静まりかえる。


「なんだ急に」


先程までとはうってかわって真っ赤な顔をしているシャーリーに、突然何を言い出すのかと問いかければ、しどろもどろになりながら一気にまくし立てられた。


「だ…だって、ルルってメールとかはしても手紙とかアナログなものには興味なさそうだなって…!
 なっなんとなく思ったの!貰ったことはあっても書いたことはないんじゃないかって!」


その発言を受けて、どうやら興味の対象が移ったようで会長の手からひらりと手紙がすり抜ける。


「まあ、確かに。そーゆー古風なことに興味持つようなタイプじゃないしなー」

「どうなのよ、ルルーシュ」


リヴァルとミレイに続けざまに尋ねられながら、会長の手を離れた手紙をすかさずカバンに仕舞いこむ。
話題転換に成功したらしいと気付いたシャーリーは、ほっと胸をなでおろした。


「まあ、確かにわざわざ手紙を書こうなどと思ったことはないかもしれませんね。
 そんな必要を感じないし………。いや、まて…そういえば…」


言いながら何かを思い出したのか、ルルーシュは考え込むようなしぐさで黙り込んだ。
つまらなそうに髪をいじっていたミレイは、なにやらネタになりそうな話が聞けそうだと身を乗り出した。

「なになに!あるの!?ラブレター書いたこと!!誰宛に書いたのか白状しなさい〜!」

いったいどこから「手紙=ラブレター」になってしまったのかわからないが、完全に勘違いしたまま期待に満ちた目でこちらを見るミレイに、呆れたようにため息をつく。


「違いますよ、ラブレターなんかじゃありません。子供のとき、遠く離れた……その…友、達に」


いいながら思わず、言葉に詰まった。

思い出すのは、遠い夏の日。
見知らぬ異国の地に妹ともに降り立った幼いころの自分。
すべてに絶望して、何もかもを投げ出したい気持ちにすらなった。
そんな時自分を支えてくれたのは、たった一人の妹ナナリーと異国の地で初めてできた友人スザク。
そして―――――祖国から送られてくる1通の手紙だった。




―殿下、おげんきですか

―殿下、ニホンはいかがですか

―殿下、かぜはひいてませんか

―殿下、ブリタニアは春になりました

―殿下のすきなゆりの花がアリエス宮にさきました




―――殿下、殿下、殿下――――



週に1度、本国から届く唯一の贈り物。

たどたどしい文字でも一生懸命書かれたそれが、自分の元へ届けられるのがとても楽しみだった。
幾度となく繰り返し綴られるその言葉が、嬉しくてたまらかった。
自分のことを誰も王子と呼ばなくなった世界で、唯一あの手紙の差出人だけは変わらず自分と接してくれた。
彼だけは今でも自分を見ていてくれるのだと思うと、それだけで勇気がわいてきたのだ。

そして、こちらを気遣う言葉で溢れたその手紙は、毎回決まって同じ言葉でとじられていた。



―殿下、いつかきっとむかえにいきます
   だから、まっていてください      ジノ



母親を殺され、父親に切り捨てられ、誰も自分たちのことなど必要としていないと思っていた。
待っていてくれる人など、もういないのだと。
それなのに、彼は自分を迎えに来てくれるというのだ。

初めて読んだときは涙が溢れてとまらなかった。
ナナリーからもスザクからも気付かれないように、夜中にこっそり神社の境内の隅で手紙を抱きしめた。
助けを求めるように何度も何度も名前を呼んで。



本国にいたルルーシュのただ一人の友達。
ルルーシュたちが本国を離れるとき、泣いてくれた唯一の人。
君が迎えに来てくれるというのなら、それまで必ず生き残って見せるからと、そう自分に言い聞かせて弱った心を奮い立たせた。


その後しばらくして日本とブリタニアが本格的に戦争を始めると、その手紙も届かなくなってしまったけれど。
今でもあの日の自分を支えてくれていたのはあの手紙だったと、ルルーシュは大切に思っている。



手紙とそして送り主の行方も知れぬまま、あれから7年も過ぎてしまった。
人を変えてしまうには十分すぎる時間だ。
子供のころの約束はもう決して叶うことはないだろう。
今の自分の立場ではそれを願うことすら罪となってしまった。
あの日の自分の支えであった彼とは、きっともう二度と会うことは、ない。


それでも―――。




「おーい、ルルーシュー?おきてるー?」

急に肩をたたかれ、はっとして現実に引き戻される。
話の途中で急に物思いにふけってしまったルルーシュを、ミレイは不思議そうに覗き込む。


「あ…すみません」

「もー!どうしちゃったのよ、急に黙り込んで!」


無意識のうちに、ついつい懐かしい思い出に心を奪われていたらしい。
心配そうな顔で「具合でも悪いの?」と聞いてくるシャーリーに、安心させるように「ただの寝不足だから少し休めばよくなる」と伝えると、軽く謝罪の言葉を述べて生徒会を後にしようと席を立つ。

「ああ、そうだ」

部屋を出ようとして、「お大事に〜」なんてひらひらと手を振っているミレイたちを振り返った。

「さっきの手紙の話。確かに俺は手紙は自分から進んで書いたりしませんけど、
 馬鹿にしてるわけじゃありませんよ。大切なものだってちゃんとわかってますから。」



そうだ。あのときの自分にとって、あの手紙は確かに大事なものだった。
どれだけ時間が過ぎてもそれは変わらない。
手紙でしか話せなかった心の内も、声には出せない約束も。
すべてがあの手紙に詰まっていたから。

願わくば。
無力な自分を必死で支えようとしてくれた彼が、今も幸せでいてくれるようにと。
どうかあの日の約束を忘れていてくれているようにと。


身勝手で傲慢すぎる願いだ。
祖国を壊そうとする自分が、君を傷つける存在にだけはなりたくないだなんて。
それでも、あの日の手紙とともに行方知れずになってしまった幼い自分の素直な気持ちを、裏切りたくはないと思う。
だから―――。