失くした記憶
「イレブンであるあなたが、なぜナイトオブラウンズに?」
そんな問いはナイトオブセブンとなってから、幾度となく投げかけられてきた。
ある目的を為すための足がかりとしてこの道を選んだ自分のような人間は、
純粋にブリタニアを愛する人々からしてみれば許しがたいことこの上ない存在なのだろうが、
いまさら引き返すつもりはない。

しかし、ならば他のラウンズのメンバーたちは何を思ってナイトオブラウンズという地位へ就いたのだろうか。
以前アーニャに聞いたときは、「なんとなく、退屈だったから」という非常に彼女らしい答えを返されてしまい、苦笑するしかなかったのだが、ラウンズ一賑やかなこの男ならなんと答えるのだろう。



「そりゃあもちろん、『守る』ためだ!」

胸を張って得意満面に答えるジノに、相変わらずだなと思いつつスザクは重ねて問う。

「守るって…それはつまりラウンズとして皇帝陛下をお守りするということ?」

ナイトオブラウンズである自分たちの使命は、ブリタニア皇帝を命に代えてお守りすること。
それは改めて確認するまでもなく、当たり前のように自身らに課せられた責務である。
にもかかわらず、ジノはきょとんとした顔をしてゆっくりの首をひねる。

「いや?」

ナイトオブスリーともあろうものが、あっさりと最重要項目を否定したことに驚きを隠せない。
しかし、スザク自身も祖国を取り戻すという目的のためにラウンズへ入ったのだ。
ならば、ジノも同じ想いなのかもしれない。そう思い、確信をこめてもう一度問う。

「そうか、じゃあやはりブリタニア人として祖国を守る、と?」

祖国の名は違えど、生まれ育った国を守ろうという志は万国共通なんだな、などと感慨深い想いでジノを見やると、どうしたことか今度は眉を秘めてあからさまに納得のいっていない表情でさらに首をかしげる。

「んー…ま、それもない訳なじゃないんだけどなぁ」

うー、とかあー、とかいいながら腕を組んで天を仰ぎ見る。
うめき声を上げるジノは、なにやら悩んでいるようだが、傍から見ているスザクには余計意味がわからない。
最初の自信満々な姿は一体なんだったのか。呆れながらため息をつく。

「違うの?じゃあジノ、君が守りたいものって…」

煮え切らない態度に僅かに苛立ちを感じながら問い詰めるように尋ねれば、言い切る前に相手の言葉が重なる。

「それがさあ、困ったことに覚えてないんだよな」

「は?」

へへっと笑いながら告げられた思いがけない答えに、咄嗟に言葉が続かない。
守りたいものを覚えていない?なんなんだそれは。
普段から能天気な人間だとは思っていたが、ここまでいい加減なやつだとは…。
なんだかまじめに質問した自分が馬鹿らしくなって、会話を終了させようと背を向けた瞬間。
投げかけられた言葉に、今までにない真剣さが感じられて、足をとめる。


「守りたいもの、守らなきゃいけないもの。確かにあったんだけどさ、それが思い出せないんだ」

振り向けば思いがけず真摯なまなざしを向けられていることに気づいて、知らず背筋が伸びる。

「思い、出せないって…」


不意に先日のアーニャとの会話が脳裏に蘇る。
幼いころの記憶がない、と…。確かにそういっていた。
昔のことだから忘れてしまったとか、そういう軽いニュアンスのものではない。
不自然なほどはっきりと切り取られてしまった、大切な記憶の断片。

思い当たるひとつの仮定。
そんなことができる人間をスザクはたった一人しか知らない。

(まさかジノにも皇帝のギアスが…)

「自分は騎士になってその方を命に代えてお守りする。
 そう誓ったはずなんだけど、それが誰なのか、なんでそう思ったのか、まったく覚えてない。もうずっと思い出せない。」

いつもの彼らしくない、自信や覇気のない言葉。
視線を落とし、自嘲気味に呟かれた言葉はまるで、自分の情けなさを悔いているようにも責めているようにも見えた。

「守る、相手を…思い出せないのに、なぜ…?」

探るように呟く。

『騎士になる』

それは何よりも重く大切な誓いであり、忘れるなどといったこと、あるわけがない。
自分自身にとって、ユフィの騎士となるということがそれほど大きな出来事であったのだ。
きっとジノにだってそうであったに違いない。
なのに、それを「まったく覚えていない」というのだ。

なんらかの力が働いたとしか思えない。
しかし、限りなく確信に近いとはいえ、何の確証もない仮定をそのままジノに告げるべきであろうか。
いや、そんなことをしても彼を悩ませるだけで、何の解決にも至らないではないか。

沈黙の中で自問自答するスザクの苦悩を読んだかのように、ジノは先程までの苦しげな表情を消し去り、へにゃりと笑ってみせた。


「騎士になるってことはつまり相手はブリタニア皇族の誰かなわけだろ?
 だったら、とりあえず皇帝の騎士になっておけば間違いないな〜って」

頭の上で腕を組みながら、我ながらナイスアイデア〜♪なんていつもの人好きする笑顔で言ってのけるジノの姿に、
強がっている様子が見て取れて、なんとも言えず痛々しい気持ちになる。
しかし、暗い雰囲気を浮上させようとするその気遣いを無碍にしないために、こちらも無理に笑顔を作って聞き返す。

「…それでナイトオブラウンズに?」

「そ。皇帝を守ることはつまり、私が誓った皇族の誰かを守ることにも繋がるだろうし。
 なら、約束破りにはならないかなって思ってさ」

誓いを破るわけにはいかないし、けど相手は覚えてない。まあ折衷案的な?
なんておどける様に告げられたラウンズに至る経緯は、その明るい外面からは想像できない程重く苦しい選択だった。
きっとこれは、誓いを忘れてしまった自分を責め、悩んだ結果最大限にできた自分への譲歩なのだろう。


「さーてと、スザクもサボってないで仕事しろよー」

この話はこれでおしまい、と言外に告げるようにくるりと背を向けて歩き出すジノに、
スザクはどうしても聞いておきたくて最後の問いを投げかける。

「ジノ!!今でも、その相手を…思い出したいって、思う?」

鼻歌交じりで歩いていたジノがぴたりと足を止める。
時が止まったかのような静寂。
息をするのも忘れるほど、スザクはじっとジノの背中を見つめていた。

沈黙がもたらした一瞬は、スザクには何分間にも感じられた。
震えるジノの肩が僅かに空気を揺らしたその時。
地を這うように低く、はっきりとした声音がしんとした空間に響いた。


「当たり前だろ…」


バサッとマントを靡かせて振り返ったジノは、揺るがない確固たる意思を宿らせた迷いない瞳をしていた。
射るよう視線をスザクに向け、はっきりと叫ぶ。


「私が生涯で忠誠を誓ったのは、その方ただ一人だ!」

一瞬脳裏に浮かんだのは、白い百合の中で笑う黒い髪と紫の瞳。
ぼんやりと浮かんだその面影は、一瞬の頭痛のあと雪が水に溶けるようにあっという間に記憶の深くに沈んでいった。

(まただ…)

思い出そうとすると決まって、この頭痛に襲われる。
言いようのない感情に襲われ、自身の無力さを思い知らされる。

(くそっ…!!!)

きつく握りしめた拳を思い切り壁に叩きつけた。

同僚のあまりの豹変ぶりに驚いて目を見開くスザクが、気遣うように控えめに手を伸ばすと、それを振り払うように頭を振る。
叫びだしたい気持ちを必死で抑え、やっとの思いで「一人にしてくれ」とだけ告げると
何事もなかったようにスザクに背を向けて歩き出した。


待っていてください。いつか必ずあなたの元に参ります。
あなたを守る『騎士』として。